Masahiko Minami, San Francisco State University
Sanae Fukuda, Lowell High School, San Francisco
Emi Fujiyama, Thurgood Marshall Academic High School, San Francisco
アメリカのような多言語・多文化社会では、二、三世代になると継承言語よりも第二言語が優勢になる傾向が見られる(Blum-Kulka, 1997)。移民の増加にもかかわらず、アメリカでは、バイリンガル教育の重要性に対する認識が薄れてきており、第一言語(母語)を継承しようとする姿勢が減少している(Fishman, 1991)。このようなバイリンガル教育に対する軽視の例として挙げられるのは、カリフォルニア州での公立学校における二言語教育(Bilingual Education)を事実上終わらせる住民提案 227である。その主な内容は、「公立高校では英語能力が限られている生徒の特別教育クラスを英語で教える」、「特別教育の期間を、通常一年を越えないよう限定する」ことである。1998年6月に、住民提案 227は賛成が61%、反対が39%という大差で採択され、同年8月より施行された。同じような動きが他州にも広がりつつある(西村, 1999)。
母語の継承に否定的な環境において、民族意識があり、文化を維持しようとしている移民の中にも第一言語を失う子どもが増えてきている。しかし、少数の子どもたちは第一言語を維持している。それは言語学の分野でダイグロシア(diglossia)と称される状況の中でかろうじて第一言語を維持しているといえる。ダイグロシアとは、社会において二言語が併用して使われている場合を指し、一つの言語をある特定の状況や目的で使用し、もう一方の言語を違った状況や目的で使っている場合が多い(Baker, 1993)。例として、フィリピンにおける英語(公用語)とタガログ語(家庭)の使用などが挙げられる。このような状況の中では多くの場合、一つの言語が学校等の公共の場で使われる社会的に認知された言語になり、もう一方が社会的地位の低い言語となる傾向がある。カリフォルニア州を例に挙げれば、ヒスパニック系移民の家庭で話されるスペイン語は社会的地位の低い言語、その子どもたちが学校など家庭の外で話す英語は 社会的に認知された言語ということである。しかし、二言語併用の環境では、それぞれの言語を使う状況が異なるため、学校と家庭での言語能力と言語運用能力において、学校と家庭での言語能力の差が顕著になるといった問題が生じてくる。
バイリンガル研究において、異なる場面で使われる言語をコンテクスト化された言語と非コンテクスト化された言語に分ける場合がある(Snow, 1983)。コンテクスト化された言語とは、日常言語・生活言語を指し示すもので、ある特定の場面の中での言語使用である。主に日常会話で使用されるので、ジェスチャーなどの助けもあり、習得は容易だと考えられている (Cook-Gumperz & Gumperz, 1982)。それに対して、非コンテクスト化された言語とは、場面からはなれた言語使用を意味する。つまり学校・学習場面などで使用される言語で、習得に時間がかかるといえる。 Cummins(1980)は、コンテクスト化された言語と非コンテクスト化された言語をBICS(Basic Interpersonal Communicative Skills)とCALP(Cognitive/Academic Language Proficiency)と呼んで区別した。BICSは会話で使用される言語のため、習得は容易だと考えられている。他方、CALPは読み書きの能力などに影響する認知能力のため習得は難しいと言われている。さらにCummins(1991a, 1991b, 1996)は、二言語間には共通基底言語能力(Common Underlying Proficiency 通称CUP)が存在するとも述べている。即ち、第一言語と第二言語は表面的には異なっていても共有面があり、特に学習に関連のある認知力においては二言語間に依存関係が見られる(生田, 2001)。そのため、Cumminsは学習の際において、第一言語の能力が第二言語に移行・影響するという「言語相互依存説」を提唱した。 Collier (1987)は 5歳から7歳でアメリカに来た子どもたちは、第二言語における生活言語は習得しやすいが、第一言語において学習言語や、読み書きの能力を持っていないため、高学年になってからアメリカに来た子どもたちより、学校場面において第二言語の習得が困難である可能性が高いという仮説を唱えている。つまり、5歳前後の児童は発音や生活言語の習得はしやすいが、限られた学習言語能力、読み書きの能力でアメリカの学校で生まれたときから英語を母語としてきた子どもと伍するのは困難である。これに対して、小学校高学年でアメリカに来た子どもは学校・学習面においてどのようなことが求められているか第一言語で経験し理解しているため、英語が中心となるアメリカの学校でも失敗が少ないだろうというわけである。
BVATの結果を元に、まず量的分析を行った(表1参照)。3つのBVATのタスクでの英語と日本語の語彙数の結果で正の相関性が見られた。つまり、日本語でたくさん語彙を保有している子どもは英語でもたくさん語彙を保有していて、バランスの取れたバイリンガルであることを示唆している。語彙の多様性に二言語間で相関関係があるという結果は、先に述べた共通基底言語能力(CUP)が存在し、バイリンガル言語能力の第一言語から第二言語への移行を唱えたCumminsの「言語相互依存説」が正しいことを示唆しているのではないか、と考えられる 。2
表1 Correlations between English and Japanese in Three Verbal Ability Related Tasks
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| English | English | English | |
| Picture Vocabulary | Oral Vocabulary | Verbal Analogies | |
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| Japanese Picture Vocabulary | .35* | .27 | -.10 |
| Japanese Oral Vocabulary | -.23 | .33* | .33* |
| Japanese Verbal Analogies | -.04 | .56*** | .80**** |
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*p < .05 **p< .01 ***p < .001 ****p < .0001
しかし、英語と日本語の語彙正解数の平均値を比較すると、英語の語彙の方が平均値が高く、その差は統計的に有意であった。つまり、こういう差が見られるということは偶然ではない。以上の結果、大半の子どもたちは第一言語の日本語より英語能力が発達していることがわかった(表2参照)。
| 表 2 BVAT Scores per Language on Three Verbal Ability Related Tasks | |||||
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| English | Japanese | ||||
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| (n = 40) | (n = 40) | ||||
| M | SD | M | SD | t values | |
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| Picture Vocabulary | 14.93 | 3.29 | 8.93 | 3.02 | 10.56**** |
| Oral Vocabulary | 16.23 | 3.46 | 11.08 | 3.03 | 8.63**** |
| Verbal Analogies | 17.33 | 5.46 | 13.35 | 4.91 | 7.58**** |
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****p < .0001
上述の量的な分析に付け加えて、個人の背景を調べるため、一人一人のポートフォリオを作成し、実例をもとに質的分析を行った。質的分析では、1)対照的なケース、2)親の心配点、3)親の第一言語という三点からを主に分析、考察した。ここで言う「親の第一言語」とは母親の第一言語は日本語と統制してあるので、父親の言語を指している。
4.2.1. 対照的なケースまず対照的なケースとして、ナツコと、タイチと、タカシという三人の子どものBVATの結果と、親のインタビューの結果を報告する。三人の共通点は、アメリカの滞在年数が、4−5年であることである。相違点としては、ナツコとタイチがCALP Level 5(発達している)に達しているのに対し、タカシのCALP Levelは3-4 (限られている)という結果が出たことである。
ナツコは小学校5.7年生(1年を10で割った結果であり、調査が5年の後半に行われたことを意味する)、10歳9ヶ月の女子である。日本語が第一言語で、家庭では主に日本語だけで話している。母親は、ナツコをバイリンガルにするために特別なことはしていない。ナツコには妹がおり、妹と話すときは、よく英語を使っている。母親はナツコが本を多く読んでいるため英語能力に取り立てて問題はないと感じているが、同年齢の子供に比べ語彙数が少ないのではないかと心配している。ナツコのアメリカ滞在年数は5年8ヶ月で、5歳のときにアメリカに来たのにもかかわらず、BVATの結果ではCALP Levelが5と、英語の言語認知能力が非常に高い。したがって、前述のCollier(1987)の仮説を支持していないと考えられる。つまり、ナツコは英語が第一言語の子供と比べても英語でのタスクを容易にこなしていると予測できる。さらに、ナツコは、英語の学習言語認知能力が年齢レベルの99%の成功率に達していた。また、ナツコの英語と日本語を合わせた認知能力は英語だけの場合と大差がなかった。これは日本語に頼らなくても英語だけで十分にタスクがこなせることを意味している。
タイチは2.7年生、8歳の男子で、ナツコと同様、日本語が第一言語である。親が家庭では日本語を話すというルールを作って日本語を話させるようにしている。タイチの場合、英語より日本語を維持させようとする親の強い態度がみられた。タイチ自身も日本語の本をたくさん読んでいるようである。タイチは英語と日本語の両語を使って妹と話している。このような現象は二言語が同じ場面で同じ人物により使われている家庭で習得された場合に多く見られる (McLaughlin, 1984)。また、両語使用の現象は、第二言語(英語)が優位な社会で育っている場合にもよく起こる。母親は、タイチの英語の使用能力は、英語が母語の(アメリカの)同級生より秀でていると感じている。しかし、近年タイチは英語をよく使うようになってきており、母親はこのことで家庭でのコミュニケーションの行き違いが生じることを心配している。読み書きの能力を獲得する上で、文化知識を持つことは重要である 。社会の文化や習慣を学ぶことが文化的リテラシー3獲得の重要な要素だといえる(Williams & Snipper, 1990)。タイチの両親(ともに日本語が第一言語)は、タイチの日本語を維持させることが英語の能力を発達させることより大切だと考えているが、タイチの英語能力を軽視しているわけではない。両親は、英語社会での文化知識が言語能力の発達に影響していると十分に認識しており、アメリカ史やアメリカの古いテレビ番組なども意欲的にタイチの学習に取り入れている。タイチのアメリカの滞在年数は4年1ヶ月で、4歳のときにアメリカに来たが、CALP Level 5とこれもCollierの仮説と矛盾している。タイチの英語能力は11歳の英語が第一言語の子供と同レベルにあると想定され、8歳という本人の年齢以上の能力があると思われる。つまり、年齢相応の英語のタスクを非常に易しいと感じていると予測できる。BVATの結果では、タイチは英語の学習言語認知能力が年齢レベルの98%の成功率に達していた。また、タイチの英語と日本語を合わせた認知能力は99%という結果になった。タイチもナツコも英語能力のみでのレベルが高かったため、かりに日本語の能力があってもスコアには影響しなかったと考えられる。
タカシは、5.7年生、11歳1ヶ月の男子である。ナツコとタイチとは対照的に、タカシの場合はCollier(1987)の説が当てはまる。タカシは、アメリカ滞在期間が5年半で、6歳のときにアメリカに来て、CALP Levelが3-4と限れた能力しかないため、年齢レベルの英語でのタスクを困難と感じていると予想される。母親はタカシの英語能力に関して、1)家庭での使用言語が日本語であること、2)タカシの両親の第一言語がともに日本語であること、という2点を心配している。さらに、タカシは日本語の能力にも欠けていると想定できる。日本語における生活言語(BICS)は習得しているが、学習言語(CALP)はあまり発達していないと考えられる。母親もタカシの日本語が同年齢の日本語話者レベルに達していないのではないかと心配している。特にタカシは日本の文化的言語能力が欠如している。これは、ここに述べる押入れの例から予測できる。「押入れ」という語彙・概念がアメリカ文化・英語にないため、タカシは初めそれをなんと言うのかわからなかった。しかし母親が「ドラえもん」という日本のアニメのキャラクターが寝るところだと説明したら、タカシも理解することができたらしい。このようなタカシの例はダブルリミテッド・バイリンガルと呼ばれる状態にあると言えよう。これは、Cummins(1979)がセミリンガルと定義したものと同じで、どちらの言語も年齢層のレベルまで到達していない状態を指す。母親はタカシの日本語能力を発達させるよう努力しており、週末は土曜学校に通わせ、サンフランシスコ市内の放課後プログラムにも参加させている。また、家庭ではタカシと日本語だけで会話をしようと努力しているが、タカシは難しい言葉や考えは英語で話したがり、母親もつい英語で話してしまうようである。BVATの結果、タカシは英語の学習言語認知能力が年齢レベルの79%の成功率であった。さらに、タカシの英語と日本語を合わせた認知能力は84%である。この5%という差はナツコとタイチの場合よりはるかに大きく、英語で欠落しているものを日本語が補っていると言える。
4.2.2. 親の心配点
母親へのインタビューで、被験者の親の多くが、子どもたちの二言語の発達についていくつかの心配点を挙げたが、BVATの結果によれば、それらの心配の大半は杞憂であるということがわかった。以下、三人の子どもの例を挙げるが、これらの子どもたちは、アメリカで生まれ、育った子どもたちだが、皆、日英両語が堪能であるという結果がBVATでは見られた。また、日英両語を併せた言語認知能力を使えば、タスクを難なくこなすことができるという結果も見られた。これは、第一言語(母語)を維持することは、第二言語の発達のプロセスにおいて何の支障もないということを表すことを証明しているのではないか、とも考えられる。
アスカは、5.7年生、11歳1ヶ月の女子だが、母親はアスカの英語能力について、1)家庭では日本語だけを使う、2)両親は英語が流暢ではない、3)アスカは母語を英語を母語とする大人と接する機会が少ない、という3点を心配している。言語・リテラシー発達はBICSからCALPへ移動するという説(Cummins, 1991, 1996)を考慮すれば、アスカの母親の心配はもっともだが、母親は特にアスカの語彙の発達について心配している。しかし、アスカの英語能力は、CALP Levelが4-5と、英語を母語とする12歳児とほぼ同レベル、つまり、アスカの年齢レベルのタスクはアスカにとってはとても易しいということを表している。また、英語の面では、アスカは年齢レベルの学習言語認知学力のタスクを96%の成功率で達成し、さらに、英語・日本語を併せると98%の成功率でできることがわかった。すなわち、英語能力だけでも十分にタスクをこなせるということである。
マサアキは3.7年生、9歳1ヶ月の男子で、第一言語は日本語である。家庭では主に日本語を話している。マサアキの両親は、友人に、家庭では「変な(外国語的な)」英語を話さない方が良いと言われ、マサアキがpreschoolにあがるまで、そのアドバイスを守ったらしい。マサアキは今三年生だが、母親は、マサアキの英語も日本語も全く完璧ではないと考えている。マサアキの母親は、マサアキの日本語より英語能力の方を心配している。同年齢の英語を話す子どもたちに比べ、マサアキの語彙数は少ないと、母親は言う。両親は日本語を母語としているため、英語能力が限られており、さらにマサアキの学校の先生は両親に、マサアキは接続詞などを使った複雑な文を英語で書けないと言ったらしい。しかしながら、マサアキは教室内では何が話されているかわかっているらしい。ただマサアキは、クラス内でどんなことが話されているかわかっていても何も質問しないため、マサアキの英語の口述能力を判断するのは難しいはずである。マサアキの母親は、マサキを放課後の英語の学習プログラムに通わせている。しかし、母親のマサアキに対する心配は単なる杞憂にすぎないかもしれない。マサアキと同年齢レベルの英語母語者に比べれば、マサアキの英語能力は平均レベル、または8歳児の英語話者と同レベルである。マサアキのCALP Levelは4と、年齢レベルのタスクは難しくないはずである。英語では、年齢レベルのタスクを87%の、また、バイリンガルの認知能力では92%の成功率でできるはずである。しかし、前に挙げたタカシの例のように、この英語だけの場合と日英両語を併せた場合との5%の差は、他の子どもたちと比べ、やや大きいと考えられる。
ケンタは3.7年生、9歳7ヶ月の男子である。日本語を母語とするケンタの両親は、家庭では日本語だけを話すように決めている。さらにケンタの両親は、同年代の友達と日本語を話すのは日本語を維持するために良いのではと考え、ケンタを週末の日本語補習校にも通わせている。特に、第二言語学習ではいろいろな動機に影響されることがある。Gardner & Lambert(1972)は2つのタイプの動機を挙げている。一つは道具的動機(何かの目的のため、その言語を習得する)、もう一つは 統合的動機(その言語を話す人々とのコミュニケーションのため、その言語を習得する)である。ケンタの場合、補習校に通うのは、後者の統合的動機付けのためであると言える。ケンタの第一言語は日本語であり、また家庭では日本語だけを使用するため、両親はケンタの英語力について心配している。ケンタの母親によれば、ケンタは英語を使用して授業を行うクラスにいても、英語の文を理解するのに難しさを感じているらしい。母親は、日本のビデオは見ても、英語によるテレビ番組は6歳まで見なかったと言っている(今では楽しんで見ているらしいが)。また、現在ケンタに英語の家庭教師をつけているようである。BVATの分析では、ケンタのCALP Levelは4と、英語能力は流暢であるという結果が出た。ケンタの英語力は英語を母語とする8歳10ヶ月の子どもと同レベルというわけである。このBVATの結果は、ケンタの年齢レベルの英語でのタスクは易しいはずだということを表している。英語では、学習言語認知能力で85%、バイリンガル認知能力では93%の成功率でタスクができるという結果が出たが、この8%の差は他の子どもたちに比べて、非常に大きいと言える。やはり、日本語で補完している部分が大きいのであろう。
4.2.4.親の第一言語
ここまで、両親がともに日本語を母語とする場合のみを扱ってきたが、バイリンガルの子どもたちの親たちのすべてが日本語を話すというわけではない。本研究では、父親が日本語を母語としないケースもあり、そのような家庭では、父親は主に英語、母親は日本語を話すと言ったケースが見られた。Leopold(1939-1949)の研究でも見られるように、父親と母親が異なる言語を使用するといった役割の分担が存在している。親がそれぞれ別の言語を話しても子どもの早期の言語発達においてとりたてて混乱もないわけで、このような環境はむしろ理想的とも考えられる。
リュウは3.7年生、9歳2ヶ月の男子である。英語を母語とするリュウの父親は、いつもリュウに英語で話しかけ、母親は日本語で話しかける。リュウは4歳から、週末の日本語補習校に通い始めた。また、日本滞在の際には、幼稚園の5歳児のクラスに2ヶ月間、小学校では一学期間、在籍した。そのときから、毎年夏に二ヶ月間日本の小学校に通った(日本では夏休みが7月中旬まで始まらないため)。リュウの母親は、アメリカでは、日本語を使う機会が少ないため、このような経験は大切であると考えている。アメリカではできない、同年齢の子どもたちと日本語を話すという体験は、先に述べた統合的動機のためにも良いと考えられる。母親は、リュウは日本語でのクラスについていくことはできるが、日本語の語彙数が同級生に比べ少なく、また、母親に話すときもリュウは日本語より英語を使うほうが多いのでは、と感じている。このような状況の中で、夏休みに日本の学校に通わせるのは大切だと、母親は述べている。BVATの分析では、リュウはCALP Level 5を示し、英語能力においては非常に発達していることがわかった。また、リュウの年齢レベルのタスクは全く問題なくこなせることができるという結果を表している。リュウは9歳2ヶ月であるにもかかわらず、英語では11歳10ヶ月の英語話者レベルのタスクをこなせるという結果が出た。また、年齢相応のタスクは、英語では98%、バイリンガル認知能力も98%の成功率でこなすことができる、ということがわかった。98%と言えば、日本語の助けを借りずとも英語だけでほぼ完璧と言ってもいいだろう。
しかし、我々が訪れた家庭では、母親の使用言語が日本語なのに対し、子どもたちの使用言語の大半は英語であった。また母親とのインタビューの結果、母親の意に反し、子どもたちは日英両語では英語の方を選択する傾向が見られた。これは、Blum-Kulka (1997)の社会化と社交性4の研究結果の、親と子どもの言語選択の嗜好に違いが見られるという説を立証しているのではないか、と考えられる。
@ Collier(1987)の説を否定はしないが、「滞在年数と関連される学習言語習得の速さの違い」が全ての子供に当てはまるというわけではない。個人差があるので、多種多様である。アメリカにおける多くのバイリンガル教育のプログラムは、英語の習得の速さを重要視しているが、本研究結果では、子供たちの第一言語も発達させることが第二言語習得に重要であるということを示唆している。したがって、多言語多文化が存在する、加算的社会言語的環境(二つ以上の言語・文化が存在する環境)にバイリンガルの子供たちをおくことが言語能力の発達に有益であるのではないか、と考えられる。
A CumminsのCUPは「語彙」という観点から考えるとあてはまる。 Verhoeven(1994)や生田(2001)などの過去の研究でも、語彙の多様性は二言語間で相関関係が見られると主張している。第一言語で語彙能力がある子どもは、第二言語でも語彙に多様性が見られる。つまり、語彙は「概念」であるため、強い相関関係が表れると考えられる。(統語レベルのような他のレベルでは先行研究で関連性が否定されているが、本研究ではそれに関しての言及は差し控えたい。)
1BVAT使用の可能性についてであるが、このテストは第一言語と第二言語の関連性を調べるものであり、単一言語のテストとして使用することは妥当性を欠く。また、英語を第二言語と想定したテストであるが、問題の配列順が英語圏の文化に合わせてあり、アメリカ文化の文化的リテラシー(識字能力)を前提としている。そのため、他の言語が第二言語の場合、使用できないとは必ずしも限らないが、上記の理由により妥当性を欠くことは否定できない。
2語彙の相関関係については先行研究(Ikuta, 2001, Verhoeven, 1994)でも確認されているが、語彙は抽象的な概念なので、統語レベルに比べ、二言語間で共有されやすいのかもしれない。
3 ここで言う「文化的リテラシー」は、E. D. Hirsch Jr. (1987) による、社会と文化・習慣との繋がりを強調した「Cultural Literacy Project」を指し示しているわけではない。
4 Blum-Kulkaの言う社会化とは親から子どもに伝えられるもの、そして、社交性は個人が社会の一員として、社会の言語を話すことである。アメリカの移民家庭において、兄弟同士では、学校(社会)で使用される言葉(英語)を話すことが多い。
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